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安井息軒は不屈の精神

今は音を 忍ヶ岡のほととぎす いつか雲井の よそに名乗らむ
安井息軒が学業身分の際に残した言葉です。今はいくら悪口や影口をたたかれてもだまっているが、いつか大空を羽ばたいて活躍する一流の人物になってやるという詩です。
幼少期、自分の風体をバカにされたり、苦境の環境を乗り越えた安井息軒の心の強さ、不屈の精神を感じます。いつの時代も「不屈の精神」は何かを成し遂げる時のパワーになるのですね。


安井息軒は背も低く、幼少の頃天然痘に罹り、顔面の疱瘡痕で片目が潰れたようになるという見た目的な面での周囲の偏見を、自分の努力と才能によって覆し、ゆくゆくは江戸幕府後期の幕府儒官を拝命するなど努力によって出世していくという努力家でした。

苦境をパワーに!

安井息軒は学者ですし、どちらかというと幕末の志士にありがちな活動家、情熱家のイメージがありませんでしたが、資料館をみたり、その文献やコトバを見るにしたがってほんとは心の中に燃えたぎるようパワーを秘めた人物だったのだということがわかります。 安井息軒のコトバに「百里(ひゃくり)を行く者は九十を半(なか)ばとす」があります。『百里を行く者は、九十里を半ばと考えるべきだ。最後の十里がむずかしいという意味で事を始めるのはたやすいが、成しとげるのはむずかしいことのたとえ』。
物事を成し遂げるには不屈の精神と不断な努力が必要なのだと安井息軒の像を前に思いました!

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